デーティングクラブに夜な夜な登録に集まる美女を見届けて20年。

時代とともに、女性のライフスタイルも変わり、女性の登録理由も変わってきています。

HICLASS TOKYOの視点で、会員制交際クラブの20年を少しづつブログでご紹介していきます。

このような会員制クラブが賑やかだった時代のひとつとして、あの世界的な金融恐慌のきっかけとなった、リーマンショック前の2000〜2005年頃までの時期があります。

2000年前後から、昔のような”愛人バンク”という隠微で怪しい響きの呼び名から、”交際クラブ”と呼ばれるようになります。

その頃の女性会員の新しい特徴として、25〜35才で社会に出て自分な好きな仕事を見つけ、少し気持ちの余裕もではじめた年収400〜800万クラスの、遊びのトレンドにも敏感な女性たちから注目されはじめます。よくあるイメージとしての金銭的事情によるかけこみ寺目的ではなく、出会いのきっかけのひとつとして少しづつ話題になったためでしょう。

仕事でそれなりに給料も増えつつあり、恋人や旦那様も社会的にも経済的にも頼もしく、生活にはなんの不満はないけど、内緒でもうひとりメンターが欲しい、もう少し秘密の冒険したい、薬剤師、MR、女医、アナウンサーの卵、教員、CA、金融系OL、外資系OL、SEなど、交際クラブはとても華やかなラインナップで賑わっていました。

この女性たちは、高級交際クラブに登録する一流男性の注目を集める、きらびやかな華やかさがありました。HICLASS TOKYOでは、この頃の女性を当時、一時的に話題になった雑誌名からとった、「NIKITA群」と呼んでいます。

タイトスカートにハイブランドの乳間ネックレスをした全盛期のモニカベルリッチのような、あの頃の”艷女(アデージョ)”な女性からの登録も随時お待ちしております。

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